怪談「書棚の上」

6年ほど前、社内のNetNewsに投稿したテキストです。
このテキストには、洒落の要素はまったく含んでいません。 いつもの私のテキストとは違います。

それは、弟が高校生だった頃‥‥。 ある夜、同じ剣道部の部員であるA君の家に泊まりに行き、飲み明かすことになった。そのとき、剣道部の部員5人が集まったと弟は記憶している。 友人達は、いずれも身長180cm級、おまけに剣道の腕前は全国クラスである。

皆でA君の部屋の畳の上に座り、スナック類を食べながらビールを飲んだ。。。 そして、夜も更けた頃、A君が突然妙なことを言い出した‥‥。
「俺さあ、最近、この家、、、すごく怖いんだよ」
弟達は、A君が何を言っているのか意味が分からず、次の言葉を待った。 しかし、A君は黙って飲み続けている。シビレを切らした一人が質問した。
「怖いって、何が?」
「例えば、、、今、、、俺が寄り掛かっている、書棚‥‥」
A君はあぐらをかき、書棚に寄りかかって飲んでいた。友人達は皆、一斉にその書棚を見た。が、変わったところはなにもない。。。
「何もねえじゃんか」
「いや、、、ある」
「どこが?」
「書棚の、上‥‥」
A君の家は古く、部屋の天井は非常に高かった。そしてその書棚も非常に高く、座っている状態では、書棚の上はまったく見えない。
「何も見えねえぞ」
「そこに椅子がある。それを踏み台にして見てみろ」
言われた通り、B君が椅子を書棚の前に置き、それに足をかけた。
その間、A君は、
「前はそうじゃなかったんだ。以前、気がついたときはそうじゃなかったんだ。最近見たらそうなってたんだ」
と、訳の分からないことを言い続けている‥‥。
そのとき!
「うわああぁ!」
という声がし、同時に「ドガシャーン」という大きな音がした。びっくりして一斉に音の方を見ると、B君が椅子から落ちている。そして、その表情は凍っていた。。。
「ど、どうしたっ! 大丈夫かっ!」
皆の問い掛けにB君は、表情を凍らせたまま、
「う、うえ‥‥あ、あの、あのうえ‥‥」
と、書棚の上を指差した。

それまではA君の話を流して聞いていたが、B君の様子からして、 その「書棚の上のもの」は、尋常ではないということが分かる。
‥‥皆、途端に静かになった。
「次は、お前が見てみろ」
A君に指名されたのは、弟であった。弟は初めは断ったが、とうとう見るはめになった。

椅子を書棚の前に置き、
その椅子に足をかけ、
目を閉じたまま、
ゆっくりと体を伸ばしていった。

さらに、
書棚の上に手をかけ、
目を閉じたまま、
顔を書棚の上全体を見られる位置に据えた。

後は目を開けるだけである。。。

‥‥ひとつ深呼吸をした。
そして、一気に目を開いた!

「おわああぁーっ!」
そこには! 髪をふり乱した人形がいた! そして、その人形と目が合った! その目は血走り、ものすごい形相で睨みつけている! 額にはざっくりと傷が入り、その傷から赤い液体がしたたり落ちている。まるで血を流しているようだ。 その人形のあまりの形相に、弟も声を上げて、椅子から落ちてしまった。

A君いわく、
「あの人形を誰が書棚の上に置いたのか、家族は誰も記憶がない。いったい、いつ、誰が、そこに、置いたのか。。。でも以前、初めて人形があることに気付いて見たときは、なんでもなかった。そのときは綺麗だった。そして誰も、あの人形には、触っていない。踏み台を使わなきゃ見れないくらいだから、みんなあの人形のことは忘れていたんだ。それが、つい最近、何気なく書棚の上を見たら、あんな風になっていたんだ。 見た奴は分かると思うけど、あの人形には赤い塗料は使われていない。いつ傷がついたのか? そして、どうしてそこから赤い液体がしたたっているのか? ‥‥俺は、怖い」


機会があればお話しするが、実はA君の家には他にも奇怪な現象が起きていた。そのため、家族は耐えられなくなり、それから間もなく、A君の一家は引っ越しをした。書棚と人形を残して‥‥